本日のお悩み:「介護職員等処遇改善加算」見直しについて知りたい
はじめに
■執筆者/専門家
おかげさま社労士事務所 代表 元地域包括支援センター センター長 社会保険労務士、社会福祉士・主任介護支援専門員・介護福祉経営士1級・ ファイナンシャルプランナー2級(AFP)・簿記3級
通常介護報酬改定は3年に1度(直近は令和6年、次回は令和9年)行われます。しかし、今回の「令和8年度改定」は他産業との深刻な賃金格差を埋め、質の高い介護サービスを持続させるための「緊急的対応」として、異例のタイミングで実施されることになりました。
■令和8年度改定の目的とは
本記事では、介護業界専門の社労士である私が、令和8年6月から始まる新しい処遇改善加算の全容と、経営者が今すぐ取り組むべき人事労務のポイントについて、分かりやすく解説いたします。
令和8年度「新・処遇改善加算」の3つのキーワード
2.全サービスへの拡大(算定対象外サービスの解消)
3.テクノロジー活用による上乗せ(生産性向上と賃上げの連動)
■1.対象者の抜本的拡大:「介護職員」から「全介護従事者」へ
しかし、介護現場は介護職だけで回っているわけではありません。ケアマネジャー(介護支援専門員)や看護職員、生活相談員、さらに現場を裏から支える事務職員や清掃スタッフなど、多種多様なプロフェッショナルが連携してはじめて、質の高い介護が実現できます。
今回の令和8年度改定では、ついに制度の対象が「介護職員」から「介護従事者全体」へと正式に拡大されました。これにより、職種による不要な分断や、「なぜあの職種だけ手当がつくのか」といった現場の不満を解消しやすくなります。法人としては、施設・事業所を支えるすべてのスタッフに対して、より明確に、そして戦略的に賃上げ原資を配分できるようになったと言えます。
■2.対象サービスの拡大:ついに「居宅介護支援」「訪問看護」なども算定対象に
これらのサービスは「基本報酬で専門性が評価されている」などの理由で、長年加算の対象外とされてきました。しかし、居宅介護支援におけるケアマネジャーの高齢化と人材不足は特に危機的な状況にあり、他サービスとの賃金の逆転現象も起きていました。
令和8年6月の改定では、この長年の課題がついに解消されます。これまで対象外だった以下のサービスが、新たに処遇改善加算の対象に加えられたのです。
・訪問看護(介護予防を含む)
・訪問リハビリテーション(介護予防を含む)
■3.テクノロジー活用と生産性向上による「上乗せ加算」
政府は今回の改定で、以下の賃上げ目標を掲げています。
介護従事者全体で月額1.0万円(3.3%)の引き上げ
・上乗せの賃上げ:
生産性向上や協働化に取り組む事業所には、さらに月額0.7万円(2.4%)を上乗せ
・合計:
定期昇給分(0.2万円)を含めて、最大で月額1.9万円の賃上げを実現
・「ケアプランデータ連携システム」を利用(導入)すること
【施設・居住系サービス】
・「生産性向上推進体制加算(ⅠまたはⅡ)」を取得すること
実務上の注意点〜スケジュールと特例の誓約
以前から加算を算定している事業所が、4月・5月分を算定するための計画書提出期限は「令和8年4月15日(特例)」でした。しかし、新設サービス(居宅介護支援や訪問看護等)のみなし算定や、6月からの新区分による算定に向けた計画書の提出期限は、「令和8年6月15日」と設定されています(※)。
※自治体によりローカルルールが存在する可能性があるため、必ず指定権者からの案内をご確認ください。
■事務負担への配慮措置について
そのため、まずは誓約によってスタッフへの賃上げを先行して行い、今年度中にしっかりとシステム導入や体制構築を進める、といった柔軟な対応が可能になります。
【社労士からの提言】経営者が今すぐ取り組むべき人事労務のアップデート
■1.「希薄化のジレンマ」を防ぐ人事評価制度の再構築
原資が大きく増えなければ、対象者が増えた分だけ一人当たりの配分額は減ってしまいます(薄まりのジレンマ)。そうなれば、これまで加算に支えられてきた中心的な介護職員の不満を招き、離職につながるおそれがあります。
だからこそ、③の「テクノロジー活用による上乗せ原資(+0.7万円)」を確実に取得し、総額自体を大きくすることが不可欠です。また、その上で「誰に、なぜ、いくら配分するのか」という納得性の高い人事評価制度・賃金テーブルを再構築し、スタッフに丁寧に説明する必要があるでしょう。
■2.就業規則および賃金規程の改定
今回の改定の趣旨は「他産業との賃金格差の解消」であり、国は基本給の引き上げ(ベースアップ)を強く推奨しています。ただし、基本給のベースアップは、求人票上の訴求力を高めて採用力を強化する一方で、法定福利費(社会保険料)や残業代の単価上昇といった経営上のリスクを招く可能性があります。
そうならないためにも、自社の財務状況と将来の事業計画を照らし合わせながら、無理のない、しかし魅力的な賃金体系への改定を進めることが重要です。
■3.「生産性向上=働き方改革」というマインドセット
ICT化による記録業務の削減や情報共有の円滑化は、そのまま「残業時間の削減(時間外労働の削減)」や、「スタッフの精神的・肉体的負担の軽減」に直結します。そして、それは労働基準法が求める働き方改革そのものです。「生産性向上によって生み出された時間をスタッフの休息や、より質の高い直接ケアの時間に充てる」という前向きなビジョンを、経営トップから現場に発信し続けることが、導入を成功させる重要となります。
おわりに
今回の改定によって、「単に国からの財源を受け取り、配分する」という受動的な対応の時代は終わりました。これからの介護施設・事業所には、「テクノロジーを駆使して自ら生産性を高め、生み出した原資で全スタッフを公平に評価・還元する」という、高度な経営手腕と労務管理能力が求められるでしょう。
制度の激変期は、組織を強くする最大のチャンスでもあります。この令和8年度改定を機に、法人の就業規則や賃金体系、日々の業務フローを根本から見直し、職員が安心して長く働き続けられる職場環境の整備が実現されることを、心よりお祈りいたします。
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